銀座ミツバチプロジェクト通信@blog
NPO法人 銀座ミツバチプロジェクトの活動内容を報告するブログです。
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「銀ぱち」CMデビュー!
本日、銀パチのテレビ撮影が2件ありました。
1件は、来年2月から放送される製薬会社のコマーシャルです。
出演料はえさ代として金額些少を頂戴し、早速会に入金御願いしました。
もう1件は、28日放送予定のテレ朝スクランブルで、
デパ地下の「福袋」放送用です。
お昼の同じ時刻に西洋ミツバチを福原君、日本ミツバチは私が担当して
無事(網をかぶらないディレクターが刺されてしまいました・・)
終了しました。
銀パチ達は、冬でも多忙です。蜂走?師走ですから・・

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銀座教会恒例クリスマス蜀火礼拝
昨日、15人位のメンバーが集まり、銀座教会恒例クリスマス蜀火礼拝に出かけてきました。

そもそも銀座教会は、英国国教会の信仰を継承するメソジスト教会として1890年に現在の地に誕生しました。以来117年の歴史を銀座で刻んでおります。
銀座教会

当日2回ある礼拝の中で、最初3時からの礼拝に参加させて頂きました。
厳かな暗い礼拝堂の中、ロウソクの火が灯され礼拝が始まりました。
賛美歌と東洋英和の学生の皆さんのハンドベル演奏が交互に演奏され厳粛に式が執り行われて長山牧師のお話が始まりました。

お説教の後半に突然「銀座のミツバチから贈られた蜜蝋がこうしてロウソクになり聖壇の周りを灯しています」とお話いただきました。

また、「多くの人々が集まるこの銀座の地が神の国に相応しいか分かりません。しかし、少なくても銀座にミツバチが飛ぶことは素晴らしい」
「来年も再来年も銀座にミツバチが飛んで欲しい」と応援いただきました。

礼拝が終わった直後の聖壇。手前にハンドベルが並んでいます。
ハンドベル

この写真は、1時間の礼拝が終わって、蜜蝋のロウソクがだいぶ燃えている状態です。
銀座教会2


式が終わり、参加者全員とても厳かな気持ちで「ハニーフラッシュ!」
ハニーフラッシュ1

ハニーフラッシュ2

蜜蝋は、高安理事長の奥様に精製していただき、同教会の会員である「創作キャンドルの会」主宰・酒井さんがロウソクに製作してくれました。

昨日24日の朝日新聞・朝刊です。
071224朝日新聞


銀ぱち達の命が燃えているようでした。
                     田中淳夫


「銀ぱち」に兄弟が誕生!?
 12月6日、「銀ぱち」のメンバーは、品川区にある中延商店街に呼ばれました。
中延1

 中延商店街は半径700メートルの商圏内に約9,760人という多くの高齢者が住んでいます。このことから、商店街では「高齢者にやさしい街づくり」を目指していました。
中延2

 この中延商店街において、商店街と街の活性化に取り組んでいるのが、NPOバリアフリー協会の沢田さんです。
中延3

 沢田さんは、街の活性化のために色んなことに取り組んでいました。
「街のコンシェルジュ」
地元の高齢者のちょっとした困りごと(電球の交換、庭木の手入れ、軽修理、買物補助など)を有償ボランティアが支援する仕組み。それぞれ登録制。その対価は区内共通商品券で支払われる。
「楽習教室」
商店街の個店で扱っている商品を使った料理教室、美容教室、健康教室のことで、専門知識を持つ講師を派遣し、参加者の生活に役立つ知識を身につけてもらい、商店街の各店舗の更なる利用を促し来客増を図る。また教室における参加者リサーチを商店街の活性化策に繋げる。参加者同士の交流も深めてもらい、その場として街中サロンを活用してもらう。講師は、主に定年を迎える団塊の世代にお願いし、地域デビューのきっかけとしてもらう。
※中小企業庁:がんばる商店街77選より抜粋
中延4

 街の活性化に様々なアイディアで取り組んでいる沢田さんが、「銀ぱち」メンバーを商店街に呼んだのには、目論見がありました。
 そうです。沢田さんの思いは、商店街でミツバチを飼い、商店街発の商品を創り出すことにより、街と人を活性化したいというものです。
 銀座における活動をモデルに、他の地域においてもミツバチを媒体としたまちづくりが始まったのです。中延商店街は、「銀ぱち」の兄弟のような存在になることでしょう。
中延5

 養蜂を予定しているビルの屋上に上ると、そこは建物が密集する地上とはことなり、広く視界が開けた空間となっており、水中から水面に顔を出したときのような印象を受けます。
 屋上も紙パルプ会館よりも広いぐらいの印象で、養蜂をする空間は十分です。
 商店街周辺に緑が少ないのが気がかりですが、中延で養蜂に関わる方達がミツバチを通じて緑が少ないことに気づき、環境を変えていくきっかけになるのではと期待しています。
 銀座と中延、立地する環境は異なりますが、街の新たな価値の創造と、環境と一体となったまちづくりは、両者に共通したテーマです。
 「銀ぱち」と中延、これから協力して取り組みを進めたいですね!
ちびっ子記者がやってきた!
昨日、毎日小学生新聞の取材を受けました。本日の担当は小学生は3年生の
お兄ちゃんと妹の1年生の二人。
取材時間は、小学校が終わってから直ぐに来たけれど既に夕方4時でした。
また生憎の寒い曇りでしたから、ミツバチは一匹も飛んでいないで巣箱の中。
最初怖いと言っていた子供達も少しは安心して屋上見学。

その後事務所で質問を受けました。
様々なハチミツの試食をして「花の香りが凄いね!」と楽しそうに舐めて
おりましたが、蜂の違いを見せるために、焼酎に付けたスズメバチとミツバチの
女王蜂を見せていたらお兄ちゃんは凄く興味を見せていました。

ところが、寒い場所から急に暖かな部屋にきて、最初はジュースを飲んでいた
女の子は、とうとう頭を後ろにして寝てしまいました。
結局、最後まで起きませんでしたが、付き添いで付いてきたお母さんが楽しい方で
「明日でも宅急便で送り返してください」と賑やかな取材。

ミツバチの取材は、今年既に80本を超えてますが、小学生からも取材を受ける
とは思いませんでした。しかし、子供達の取材は大いに歓迎。
次回は、「ミツバチが飛んでいるときに来ます」と帰っていきました。

当日の様子は、来年1月20日の毎日新聞で・・
「銀座のはちみつスイーツ福袋」
松屋さんより、「銀座のはちみつスイーツ福袋」の案内が来ました。
『銀ぱち』スペシャルです!限定50セットで奪い合いになるかも?

「Depachika.com」に詳しい情報がありましたので、ご覧下さい。

http://www.depachika.com/headline/544/index.html

「銀座のはちみつスイーツ福袋」和洋菓子5社 3150円 限定50セット

銀座文明堂「はちみつかすてら」
銀座清月堂「紅白の層になった羊かん」
キャンティ「チリージア(レーズンサンド)」
タントマリー「フィナンシェ」
オートゥーパティスリー「チョコレートとマカロン」

fuku2008


“日本ミツバチが銀座の屋上に来るまで”
“日本ミツバチが銀座の屋上に来るまで”          07.12

私たちが昨年からミツバチを飼うに当たり、まず迷わずに選んだのは、西洋ミツバチでした。養蜂といえば西洋ミツバチを飼う事が一般的だからです。
しかし、現在何故か銀座の屋上に在来種の日本ミツバチを飼っておりますので、その経緯をお話させていただきます。

日本ミツバチが始めて文献に出てくるのは、643年日本書紀で「百済の太子余豊蜜蜂の房四枚を以て三輪山に放ち養う」と言う記述が最初です。この記述を以って日本の養蜂の起源とすることになっているようです。しかし、その存在自体は、もともと在来種として日本に居たのは間違いありませんから、太古の昔から日本人は日本ミツバチのハチミツを採集していたのでしょう。

しかし、当時から在来種の日本ミツバチの蜂蜜を採取するのは、木の洞などに住んでいるミツバチを蛹や卵などと一緒に無理やり取り出す方法で、どちらかと言うと狩猟方法の一部で、巣箱などで飼いミツバチの生命を守りながらサスティナブルな形で採ミツする養蜂と言うものとは全く異質なものでした。

通常「養蜂」と言えば、この巣箱で飼う技術が確立されている西洋ミツバチのことを言うもので、明治になってこの養蜂技術が入ってくると、日本ミツバチは忘れられた存在になってしまいました。その後、日本ミツバチも平成になってから漸く巣箱で飼う技術が広がってから、身近な存在の日本ミツバチを飼う人々も増えてきたようです。ですから、日本ミツバチを巣箱で飼うことは、比較的新しい技術だと聞いております。

しかし驚くことに、現在、この在来種の日本ミツバチたちが銀座のビル屋上で巣箱の中に飼われているのです。しかも3箱も・・・5月連休前後から屋上に住んでいて、蜜枯れすると言われる東京の夏でも毎日たくさんの花蜜を採集してきて、初秋までに30キロ以上ものハチミツが採集出きてしまいました。私たちもこれにはとても驚きました。


そもそも何故日本ミツバチが銀座のビルの屋上に来たか、ご説明させていただきます。

5月連休前、新宿区の落合で日本ミツバチが分蜂した、と私達を指導してくれている藤原さんに連絡が入りました。このままだと駆除されてしまうから助けに行くので車を貸して欲しいと言われ、ワゴン車を貸し出しました。夕方巣箱に入れた日本ミツバチを持って銀座まで帰ってきて、他に持っていく場所がないから暫く置いておいて欲しいと、当ビル屋上の一角を探して置いて帰って行ってしまいました。

その翌日、またまた同じ場所で分蜂したと連絡が入り、たまたま帰り道の私が運転する羽目になり、そのまま救助に向いました。分蜂しているミツバチは、西洋種でも同様に在来種でも大変おとなしいもので、殺虫剤などで脅したりしなければ素手で作業しても問題ありません。
私も最初はびくびくものでしたが、暫くすると素手で夢中につかんでおりました。

その後、今度は6月のある早朝、日本テレビのズームインスーパー生放送当日、もう時間
が無いという本番直前の中、藤原さんと一緒に月島まで分封した日本ミツバチを救助し
てきました。これでなんと都合3群の日本ミツバチが銀座のビルの屋上に集合してしま
いました。

日本ミツバチの性格は西洋種のそれと違い、大人しくて、日向より少し日陰を好み、色は黒っぽくて大きさは小型です。西洋種と交尾しても子供が出来ないのはそもそも遺伝子が違うからです。西洋種に比べて体が小さいから当然採集できるハチミツの量は少ない。更に在来種だから何処にでも住めるために、居心地が悪いと思うとすぐに逃げ出してしまうのです。だからある朝、見に行ったら何処かに行ってしまったなんて言う事になりかねません。こうしたことから、長い間日本ミツバチは養蜂には向かないと言われてきておりました。

しかし、銀座は違います。藤原さんの開発した巣枠のお蔭で、日本ミツバチの群はとても大きく成長し、その数もたくさんに増えてたっぷり熟成したハチミツが溜まったのです。

昨年から西洋ミツバチで始めた屋上養蜂から、今年は日本ミツバチまで加わってしまいましたが、それぞれ性格の異なるミツバチを飼う経験は、私達にとって大変良い勉強になりました。


そもそも、何故これほどまでに、東京都内に在来種の日本ミツバチが増えているのでしょうか?

それは、たまたま知り合いになった日本熊森協会の関係者の方から次のような事を伺いました。昔は手を付けなかった奥山まで今はスギやヒノキを植えてしまい、どんぐりなど食べ物が少なくなってしまい、山の中に熊などが住めなくなってきている。たまに人里近くに出てくるとすぐに射殺されてしまうとの事でした。元猟師の方が、親子の熊を撃って胃を裂いてみたら空っぽで、空腹だから出てきたのかと・・
今年の冬は暖冬で、熊が冬眠しないため、多くの養蜂家が熊に襲われたとミツバチ新聞に出ていたのを思い出します。
大型の哺乳動物である熊が生きられる森の環境は、他の様々な生き物たちも森に戻す事が出来るでしょう。奥山の自然をもう一度ブナなどの落葉広葉樹林に代える事が出来れば、地味は涵養で山崩れも減り、川が豊かに、更に海まで豊かになっていくと教えられました。

また、熊が通れる幅は、森の中に風の通り道を作りますし、木に引っかき傷をつけて歩いた後が、その後鳥やミツバチが住む洞などに変わるのだそうです。

ミツバチたちも同じように、彼らが本来生きていくべき山の中に豊富な蜜源植物を見出せなくなってきている一方で、都会では街路樹など様々な蜜源植物増えてきている。
サスティナブルな森の環境が変化してしまった事で、生きていく場所を求めながら都会に移り住んでいるようにも見えます。こうした現実からとうとう銀座の屋上にまで在来種の日本ミツバチが住むことになってしまったのかもしれません。

そんなことで、最近は銀座のビルの屋上から遠い奥山にまで思いをはせるようになってきてしまいました。



余話として:
ゴールデンウィーク中日の5月2日午前中、会社でお客様と打ち合わせ中に電話を取ると、「田中さん!田中さんのところのミツバチ分蜂しなかった?今、みゆき通りでミツバチが分蜂していると連絡が有り区の職員が駆けつけているのだけれど・・」と中央区の公園緑地課長から。完全に田中さんのミツバチになっている・・
「課長、冗談じゃないですよ!私達は女王蜂の羽を切っているので、分蜂して飛んでは行けませんよ。西洋ミツバチの性格は、そこがどんなに居心地悪くても女王蜂を置いて逃げ出したりはしませんから。課長、もしかしたらそれは日本ミツバチじゃないですか?」と私。
「そうかもしれない。いずれにしても明日からまたゴールデンウィークで多くの人が銀座に集まるから歩行者に危ないということで駆除しなければならないんですよ。可愛そうだから田中さんのところで助けてあげない?」と言われてしまった。可哀想だからと言われるとこちらも弱い・・
「可哀想だとは思うけれど、今お客さんと打ち合わせ中だし、一度藤原先生に確認してからもう一度連絡させていただきます。」

まあ、藤原さんの携帯に連絡して、「可哀想だけど仕方ないね」と言われればそれで諦めだ・・と思いながら藤原さんに連絡すると、「分かりました!私はタクシーですぐに巣箱と道具を持って出かけます。田中さんも至急車で現地に来てください」あー、駄目だ。
先ほどから大きな声で電話しているので、隣の部屋居るお客さん達は事の成り行きを聞いているだろうけれど、仕方ないので「わざわざ私からこの時間を指定させて頂きましたのに、大変申し訳ございませんが、急用が出来てしまい出かけなければなりません。来週に変更させて頂けますでしょうか?」こっちで呼び出しておいて、誠に勝手なお願いである。急用の中身がミツバチだと皆さんもうすうす気づいていて恥ずかしい思いで切り出してみると、快く納得してくれた。

その後慌ててみゆき通りに駆けつけると、街路樹の周りがパイロンとロープで物々しい警戒の中通れなくなっている。既に区の職員の皆さんと藤原さんたちが作業に取り掛かっていた。

「田中さん、早く作業服を着て!巣箱を下から持っていてね。私が木の上から巣箱に一気にミツバチの塊を落とすからそのまま受け止めておいて下さい」
網帽子をかぶり巣箱を頭の上に載せ、脚立の上に載る。何のことはない、ただの土台である。バサッ!バサッ!と頭の上で音がすると藤原さんはすかさず蓋をする。

流石にプロの作業で素早く終わる。しかし藤原さんは降りても、私は残った蜂たちが仲間のフェロモンを感じて巣箱に入っていくまで、暫く頭の上に巣箱を載せた姿勢でいる。
と、気づくとたくさんの方々が周りで写真を撮っている。

人通りの多い銀座の通りで、麦藁帽と白い服を着て頭に巣箱、丁度いい被写体が出来たからだろうと思っていたが、やけにカメラを持った人が多い。この街はそんなに用意が良いのかな?と横を向くとウインドー越しにも本格的なカメラがすぐそこに??

看板を見上げてみると、街路樹の目の前はなんとコダックの写真展会場。全国から高級カメラを持った人々が集まっていたのだ。

顔を赤らめていても動けないし、知っている人が通らないことを祈るばかり・・
「あの馬鹿、また銀座でお騒がせなことをしている」と言われかねない。

暫くして、「もういいでしょう」と藤原さんの声に救われたようにゆっくり降りると、
「どちらの養蜂場ですか?」と大きなカメラの青年が聞いてくる。
「プロじゃないですよ。私達は銀座のビルの屋上でミツバチを飼っているもので、先ほど中央区の公園緑地課から電話が有り、駆除されたら可哀想だから助けに来たんですよ。銀座は人にもミツバチにも優しい街だからね・・」とうそぶく。

「実は私、読売新聞の写真部記者です」と名詞を渡され、またまた顔を赤らめる。余計なこと言わなければ良かった、と。

結局、翌日の読売朝刊に事の至大が掲載されていたことは、後で友人から知らされた。

同日テレビのニュースでは、京都で分蜂した日本ミツバチが信号機に取り付いたところを駆除されてしまったそうだ。ミツバチは何も悪いことをしていないけれど、今の時代は仕方がないと諦めるべきなのか・・




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