銀座ミツバチプロジェクト通信@blog
NPO法人 銀座ミツバチプロジェクトの活動内容を報告するブログです。
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4月30日「被災地支援シンポジウム」議事録
*内容を一部修正いたしました。


「被災地支援シンポジウム」~あなたの美味しいが、被災地域を元気にします!~>


【プログラム】第1部 被災地からの報告

★岩手佳代子氏 気仙沼市大使

●はじめに

気仙沼市は魚介類の水揚げだけで年間300億円、さらにお魚を加工して600億円の売り上げを誇る。311の前は海があり、山があり、本当に美しい街だった。
大きな津波の後、油が街中に広がり火災が発生し、一晩で焼け野原になってしまった。
かつお、フカヒレの水揚げでは日本一、さらにはウニ、わかめ、秋になるとサンマ、と皆さんが楽しみにされている海の幸も、当分の間は水揚げされないかも知れない。養殖事業は3年5年かかるし、海の中は現在がれきでいっぱい。いちから始めるとなると相当の時間がかかるであろう。すぐに復興するのは難しいが、皆さんの力を借りて、良かったね、やっと海産物が食べられるねと少しずつ気仙沼を元の活気溢れる状態に戻していければと思う。

<乗り上げた船や駅の写真>
この船は街のど真ん中に陣取っていて、撤去するのに1億円、さらに海に帰すのに1億円かかる。地盤が1メートルぐらいさがっているので余震で危険。

●気仙沼の現状

このような写真や映像を見ると、「壊滅状態なのでは」と思われるかもしれない。でも、生かされた人たちや生き残った工場や会社には、まだ明かりが灯っている。頑張っている人たちが大勢居ることを東京の皆さんに知って欲しい。映像をまとめたものがあるので、のちほどユーチューブに「立ち上がれ気仙沼」というタイトルでアップしておきますので是非、生の声を聞いてほしい。

その映像に、気仙沼パンというコッペパンがある。ピーナッツのバタークリームを使っているのが、気仙沼の特徴。気仙沼育ちの住民はこのシンプルなパンを、学校帰りやお小遣いをもらうとすぐに買いに行く馴染みの味で、地震の1週間後に復活した。今回、ファームエイドにも持ってきたが、あっという間に売り切れた。


また、地元のクリーニング屋さんの多くも浸水してしまった。ボイラーも駄目になって、殆どがすぐに営業できなくなってしまった。多くの家屋が流されてしまい、住民の頼みの綱は預けていた洋服だった。預けていた服のことを思い出した人たちから沢山の問い合わせをいただき、社長さんも「お店に残っている洋服を返したい」と、きれいに仕上げてあったYシャツを、津波で汚れてしまった洋服はもう一度、少ない水で手洗いして、返した。それを知った住民は駄目になったボイラーを率先して修理し、街で一番早く復活することができた。

その社長さんのお話で、おじいさんの礼服をもってきたお客様がいたという。それが礼服と判らないぐらいヘドロまみれで臭かったが、引き受けることにした。がれきの破片が出てきたり、魚が出てきたりしたが、お客様にとっては津波で亡くなったおじいちゃんの形見。着ることはなくてもそばに置いておきたいという想いをくんで、きれいにして渡した。お得意さんの多くが亡くなってしまったが一人でも多く、預かっている服が手元に戻ればいいと思っている。

美しい街並みだった気仙沼は、かつて昭和4年に大火事を経験している。多くの網元・造り酒屋、醬油屋などがが商売をしている中心部は焼け野原になってしまったが、当時たった1年で復興することができた。それは日本全国から大工さんが集まり、各自の得意の工法で作り直してくれたから。311まであった町並みは特徴があった。モルタル作りであったり、当時はやっていた洋風・石造り・木造と様々な建築スタイルが共存している街だった。だから今回も立ち直れると信じている。こうやって気仙沼の情報を発信していくことで、皆さんに応援して頂きたい。


●最後に

気仙沼市陸中海岸国立公園にある岩井崎を紹介したい。江戸時代に活躍した第9代横綱「秀の山雷五郎」の銅像が立っている。岬の、まさに海の目の前に建っていた像だが、大きな津波にも勝ち、今も壊れずに立っている。津波などに負けるものかと言ってるような秀の山を見て、私たちも勇気をもらった。周りの松林はなぎ倒され、土台もえぐられているが、気仙沼は大丈夫だと思っている。ホテルなど、皆様をお迎えする準備が出来たら是非、気仙沼観光に訪れてほしい。

気仙沼にある酒蔵は二つあるが、こちらも残った。この後の懇親会で、それぞれの酒蔵、男山と両國の自慢のお酒を味わって欲しい。海の幸に合う、食前から食後までこれ1本で満喫できる、毎日飲んでも飽きない味に仕上げているのが、お酒が大好きな漁師達の日本酒。飲んだときに薫る、磯の香りを感じてほしい。


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★福島県須賀川青年会議所 須田智博氏

福島県も今回、大きな被害を受けた。津波で家を失い、避難してきている方もまだ大勢市内に居る。内陸部の街なので直接的な津波の被害はなかったが、マスコミが報道してきた津波のインパクトが大きく、福島県全体が被害を受けたと思われているかもしれない。実際、震度6強を観測し、地震そのものの被害は大きく、自分も自宅にいたがまさに「この世の終わりか」と思った。

<市内の写真紹介>
どこを見てもこんな状態で、街中にグシャっと潰れた建物が多くある。このビルの1階は潰れて、中華料理屋があったが、ちょうど料理をしていたコック長さんはお亡くなりになった。
道路も陥没し、電柱も曲がってしまった。この光景はあちこちで見られるが、未だ手つかずの状態。
市の南部の写真で、ぐにゃりと曲がった線路。線路も場所によっては左右が交差しており、自分の視覚がおかしくなったかとさえ思う。今朝、福島から東京に来たがこの辺りは昨日やっと復旧したので、2日前だったらこうやって銀座に来ることは出来なかった。道路が石碑のように直角に盛り上がっていたり、たった3分間の揺れで人間の力ではあり得ない状態になってしまった。

市民の憩いの場であった、藤沼湖自然公園の湖も地震で決壊してしまった。夏はキャンプ場として親しまれていたが水が抜けてしまい、鉄砲水となって多くの方が犠牲になった。小さな津波のように周辺の地域を襲い、行方不明のお子さんもまだいる。小学生のうちの1名は昨日、ご遺体でようやく見つかった。

●須賀川市の位置

北海道、岩手県につぎ、福島県は3位の大きさを誇っている。復興の壁となっているのがご存知の通り、県内にある原子力発電所だ。しかし、20キロ圏内である双葉町・大熊町と比べ、須賀川市は60キロ離れている。福島県は山脈があり、浜通、中通り、会津と3つに分かれている。さらに会津地方に行くと100キロを超える。

まったく影響はまったくないのに、報道では「福島県」と一緒くたにされてしまう。関東平野と違い、山が連なっているので放射線の数値も低い。例えば、福島県三島町の農産物として出荷すると、なかなか買ってもらえない苦しい状況にある。

JAが運営している「はたけんぼ」という地元の食を支えているマーケットがある。出荷の規制を受けて、生産者はいつも通りに持って行ったが、スタッフ側はそれを並べることが出来なかった。(写真)少しずつ、現在は県内でも地域ごとに細かく分ける体制が整ってきた。風評被害というのか、今でも皆さんに誤解をされていることもあるようだ。

福島として頑張っているので、お願いしたいこと。街の壊れた建築物を皆さんに直して頂くことは頼めないし、原発の状況も我々が何か出来るかという状況ではない。ただ、暖かい言葉をかけてほしい。「大変だね。でも、応援してるからね」と言ってくだされば、本当に勇気づけられる。福島が広いこと、福島だからとすぐ「汚染」と結びつけて欲しくない。ぜひ、今日の話を周りの皆さんに伝えて欲しい。
そして、機会があったら積極的に訪れて欲しい。町も工業も、観光地も必ず復興する。今まで以上に美味しい農産物を皆さんに食べて頂けるはず。どうぞ、応援をよろしくお願いしたい。

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★茨城県鉾田市 マルシェ出店 生産者代表 たぐちさん

県庁の水戸市よりも若干南にある、霞ヶ浦のちょっと北にある街が鉾田市。地震の時、自分は畑にいたが、何が起きてるのか全く理解できなかった。ある時点から「これは地震だ」と気づき車に乗ったが揺れが激しく、車を走らせることもできなかった。揺れが収まってやっと帰ったが、「家が菱形になって揺れていた」と大学生の子供が言っていた。下の小学生の子供を探しに外出したが、今度は茨城沖で続けて地震が起きて、街中の電柱は傾き、地盤が悪い地域にある家は傾いてしまった。最近になって道路は復旧したが、酷い状況が続いている。

生産者である我々もショックを受けてしまい、農作業への熱意が虚脱感というか、すっと抜けてしまった時期があった。1~2日経った後に、「東北はもっと大変なんだ、頑張れる地域から頑張っていきましょう」と言われて、やっと気持ちを入れ直すことが出来た。頑張ろうと思った矢先、次におそってきたのが、原発事故によるほうれん草の出荷停止。その時点で、すべての野菜が半値かそれ以下の値段しかつかなくなった。まったく買ってもらえないこともあった。小ネギを出荷していたが、1把60円~80円だったのにほうれん草の出荷停止のニュースを受けて、10円になってしまった。その1ヶ月間小ネギを出荷して6~7万円しか振り込まれなかった。それを見てまた、やる気をなくす状況になった。

鉾田市は大規模な農家が多く、1軒で4000万~数億円の売り上げがある。支払いを用立てて売り上げをという仕組みになっているので、支払いが毎月くるのに売り上げはずっと低迷が続いており非常に苦しい状況が続いている。

それでも、我々の仕事は野菜を作ること。それしか出来ない。実際、消費者と面と向かってみるとちゃんと買って下さる。ただ、市場を通すと安くしか買ってくれない。この状況をどう理解したら良いのか。市場に茨城産の野菜を安く買いたたかれているのではという想いがある。東京の消費者の皆様には応援して頂きたい。我々も頑張っていきたい。

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★久慈郡大子町役場農林課 藤田貴則氏

大子町は、鉾田市と比べると福島県寄りの北部に位置している。海からも離れていて、福島第一原発からちょうど100キロ圏内に町全体が含まれている。
地震の被害は東北各県と比べたら大したことはなかった。死亡者もなく、屋根瓦が落ちたり塀が倒れたりという程度。通行止めが何カ所かあったり、通常通りとはいかないが現在はローカル線の水郡線も問題なく復旧している。ライフラインは町内の地域によってばらつきがあって、10日ぐらい水道が使えない、電気がこないという状況があった。

ほうれん草や原乳の出荷停止を一時受けたが、現在は解除されている。福島県に近い、第一原発に近いというイメージがあるのか、年間100万人以上が訪れる観光名所「袋田の滝」に観光客が殆ど来ないという状況が続いている。道の駅があり、農作物を販売してきたが昨年と比べると半分ぐらいの売り上げ。お客さんが来ないので農産物も売れない。
大子町は観光収入にかなり支えられているので、ホテルや飲食関係すべて半分以下の売り上げになってしまい苦しんでいる。

大した量ではないが、お茶の名産地としても知られている。これから茶摘みの季節だが、生産者からモニタリングをして欲しいと要望が寄せられている。そして夏になると鮎。鮎についても分析すべきか検討中。秋になればりんご・米と続くが、数値そのものはゼロにはならない。想像だが、健康に影響が出る数値はまず出ないにせよ、そうやって検査しただけでも、イメージが悪くなってしまうのではないか。行政の一人として、やるべきか、やらない方が良いのか。生産者側は希望しているが今後、どう判断すべきか。

茨城県はJAと共にに東電へ損害賠償の組織を立ち上げた。月ごとの請求になったが、JAは3月分は18億数千万円の請求額になった。これが4月、5月と毎月続き金額はもっと増えるだろう。JAを通していない農家は、私たち行政の方でカバーしていく。

これは実際、難しい問題だ。同じ作物を作っても、出荷する場所によって単価が変わる。生産者によって単価が違う。中には納得できない方もいらっしゃると思う。

町としては観光客を含め、買ってもらえない状況をどう打破すべきか。
昨日は墨田区でもイベントをやった。赤坂サカスでも昨日から、10日間販売をおこなう。赤坂サカスの出店はたまたま大子町出身者で広告代理店勤務の方がいて、物産を発売している。これまでもリピーターのお客さんがついて、皆様が協力してくれているなと肌で感じることが出来る。連休明けには丸の内でも予定している。

大子町で待っていてもお客さんが来ないからこそ、我々が積極的に出て行くしかない。様々なイベントで復興支援として販売がおこなわれているものの、値段が下がっている現状もある。スーパーで催しをやっても、通常の半値以下になっているケースが多い。生産者の収入に結びつきにくくなっていて復興支援と言いながらも、支援とはほど遠い。通常価格で売らないと意味がない。

現在イベントがいっぱい企画されている。茨城県へどんどん声が掛かるが、大子町から人件費・交通費など経費を計算すると、売れたとしても黒字にならなことがある。行くからには黒字にしないと意味がない。オファーをしっかり精査して、黒字になる見込みになるイベントを見極めて、通常価格で売れるかどうか吟味する必要がある。

今度も来て頂けないなら、こちらから出て行こうとは考えているものの、地震被害そのものは小さかった。観光地なので、美味しい食材を食べに来て欲しい。それが支援に直接、つながる。宜しくお願いします。

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第2部 食品安全委員会からの報告
    長野麻子氏 (内閣府 食品安全委員会事務局 総務課課長補佐)
    農林水産省からの報告


★食品安全委員会事務局 長野麻子氏

先ほど、福島・茨城というだけで買ってもらえない、買い叩かれているという報告があった。農産物について、科学に基づいて、何が安全で、何が安全でないのかを判断している機関が食品安全委員会。

福島第一で水素爆発が起きて以来、放射性物質が漏れ出しているということですごく不安に感じていると思う。普段、放射能とは我々が自然から浴びているし共生しているもの。東京からニューヨークへ飛行機で行けば地上で生活している何倍も浴びている。宇宙空間には放射線が地上よりも高い値で存在しているからだが、必要以上に怖がる必要はない。正しい知識で冷静に、放射性物質の仕組みを知って頂きたい。

(資料配布・参照)【一定以上の放射線物質を含む食品を食用にまわさない仕組み】

食品は野菜、牛乳など品目ごとに、暫定規制値を厚生労働省が定めている。ベクレルやシーベルトという単位で、それぞれ3月17日から規制値を超えるものは流通させていない。水素爆発が3月12日に起きてから、暫定規制値を超えるものを出荷した場合、食品衛生法違反であると国が定めた。各自治体で検査をしており、この規制値を上回るものは販売そのものを禁止している。

また、原子力災害対策特別措置法という法律でも、食品を精査している。
全部を検査出来ているわけではないが地域と品目を絞って、出荷してはいけない、摂取してはいけないと科学的に定めたものは市場には出回ってこない。安全なものしか販売していない。

制限されている品目は厚労省のHPに掲載されており、日々刻々と状況が変わっている。水素爆発の後、文科省が毎日モニタリングしているが減少傾向にあり、野菜等の数値も3週間ぐらい安定的に下回れば制限は解除される。現在、制限されているのはごく一部である。群馬県・栃木県なども一部制限が掛かっていたが現在は解除、茨城県はほうれん草もほぼ解除されてきている。刻々と変化しており逐次、データを確認するのは大変だがスーパーに置いてあるものは規制値を上回っていないので安心して欲しい。

<資料:放射線物質に関する緊急とりまとめ>
年間100ミリシーベルトという値は、国際的な放射線の権威である組織ICRPで定めたもの。体内の細胞は自分で修復する能力を持っているが、そうした機能に障害をもたらすと言われているのは原爆症で亡くなったりという、一気に1000ミリとか1万ミリシーベルトという「確定的影響」が出る異常な数値を浴びた場合のみ。「確定的影響」というのは、例えば500ミリシーベルト浴びると、気持ち悪くなる、嘔吐があると言われているが、これはかなり高い数値。

よく「ただちに影響はない」という表現を聞くと思うが、これは個人差もあり、ガンになるのは喫煙が原因でも成りうる。そうした確率的影響については、年間100ミリシーベルト以下という低い値では、実験していない。継続的に発がん性の影響の調査・研究はすすんでいるが、今のところガンになる確率は0.5%と言われている。受動喫煙でガンになる可能性の方がはるかに大きい。もちろん、この値を大きいと見るかどうかは個人差があると思う。

今の暫定規制値の元になっているセシウムは年5ミリSVだが、100ミリの1/20で大変、安全な数値である。ベクレルの数値も現在、キロ単位で出しているのでほうれん草をキロ単位で摂取するケースはないと思う。数値が出ているというだけで「放射線物質がついてる、汚染物質がついてる」と思わないで欲しい。科学的に実証されているので必要以上に恐れる必要はない。

半減期についても、セシウム137は30年と言われているが、それはあくまでも物理学的な値である。体に入る、生物学的半減期は異なる。カリウムなどもずっと体に残るわけではなく90日すれば代謝で排出されていく。体に入った場合でも、代謝の仕組みで不要なものはどんどん体外へ排出されるので、必要以上に恐れないで欲しい。専門家の意見を聞きながら進めているので、きちんと管理をされている現状を理解いただき、まずは食べることで地域を応援して頂きたい。



★農林水産省大臣官房政策課 山口靖氏

<資料3点配布>
新潟の地震や阪神淡路大震災と比べると、今回の東日本大震災は犠牲者数にしても、規模・スケールが違う、農林水産すべてにおいて、最大の被害額になってしまった。食料の基点ととして重要な地域だったので、関係者には復興を目指して希望を持っていけるような政策を、努力して行かなくてはならない。

水産関係が最も被害が大きく、日本の漁業者全体の1/3が被害を受けた。北海道から千葉までは、日本の漁業生産の半分を占めている。例えば三陸のわかめは国内生産の8割、さんまの水揚げは全国の4割を担っていた。さらに関連産業でもカマボコなどがあり、漁場から発生する水産加工や流通業、必要となる氷など色々組み合わさって産業を構成している。全体のシステムを復旧する必要がある。

農林関係は冠水農地が約24,000ヘクタール。実際にイメージを持って頂くために、カラー写真を配布。名取市の画像から説明。水色が海岸から6,7キロ離れた地点まで冠水した。仙台空港が左下で、仙台東部道路が今回の津波はせき止め役になった。
現場を見た者によれば、この東部道路をはさんで、ガレキがいっぱいの状況。上の方はガレキなどの影響は少ないという。

農地には津波による塩害だけでなく、重金属や油が流れてきた。通常の塩の除去も大変だが、それに加えて表土を入れ替えたりする必要がある。さらに、海岸側は地盤沈下がひどく、完全に水没している農地もある。水田に戻すのが一番良いのか、地域の声をよく聞き判断したい。

<2枚目気仙沼の地図>
気仙沼は日本における水産の重要な基地。気仙沼漁港はかつお・まぐろの水揚げをはじめ水産加工物の一大生産基地として機能してきた。ここも地盤沈下が激しく、なるべくはやく修復できるよう、国としても出来る限りのことをやっていきたい。補正予算案を今日、ちょうど国会で審議しているところで衆議院で予算案が通る見込みだ。水産の復興に向けた予算2100億円以上を要求している。漁港を再開するための資金だけでなく、市場や加工工場など、幅広い分野への援助が必要。資料にあるように、漁船だけでも約2万隻が影響を受けた。なるべく早く漁に出たいという方に、お金を稼いでいただくための手立てを確立していきたい。

漁が再開できなくても、関係者には現在、港のガレキの除去の手伝いをして頂いて、その対価を生活の足しにして頂くという試みもおこなっている。

<資料1枚目戻る>名取市で塩を抜くという作業について。これは時間をかかる作業でナトリウム部分を除くため、石灰のカルシウム分で地道に追い出そうと取り組んでいる。なるべく農家に負担をかけないようやっていきたい。農業を再開できない人もいるので、しばらくは復興のお手伝いいただいて、生活費を支援していければと考えている。
今回の農林水産省の3800億円以上の補正予算は当座の復旧という、一時補正ということだ。これだけで本格的な復旧は出来ないので、土地や町作りの再生など根本的な課題は地域の皆さんと考え、財政的な支援をしていかなくてはならない。

すぐ出来る支援としては、被災地の農林水産物がきちんと流通し、それを高いお金で買ってもらえることが大切。そうした応援の輪を全国に広げていきたい。色々なところへ働きかけをおこなっている。今週末どういうイベントがあるかなど、農林水産省のHPで随時、情報を更新している。農水省が調べているイベントだけでも全国で100ぐらいの例があり、今回のファームエイドの取り組みも掲載した。

今後、福島で桃が取れるのは7月とか、もうちょっと先になるが、支援は一過的なものではなく続ける必要がある。支援の輪が広がるように、何とぞ宜しくお願いしたい。


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第3部 首都圏に住む我々の出来ること
    千葉ロッテマリーンズチャリティーマルシェ(菊地氏、牧野氏)
    食べることで銀座から被災地支援 (白坂亜紀氏)
    松屋緊急支援セール       (松屋銀座 吉田氏)
司会:西経子氏 (農林水産省 農林水産技術会議事務局 総務課 総括課長補佐)

(敬称略)


★千葉ロッテマリーンズチャリティマルシェ 菊池氏・牧野氏

菊池:本業はまったく関係ないが、ボランティアでマルシェの取り込みをしているので紹介させて頂く。(パワーポイント スライド使用)
船橋競馬から、オリックス戦の観戦チケットがあり東北を支援できないかという相談を牧野氏から受けた。個人的には、野球を観戦するためだけに千葉まで出てくるのは難しいのではと考え、会場でマルシェをやったりするのはどうかと提案した。みつばちプロジェクトの大越氏に連絡を取り、福島の人に来てもらえないかと相談した。相次いで、JTB東北からも協力を得ることが出来、千葉までの往復のバスを提供頂けることになった。
 これとはまったく別ルートで、デザイン事務所の知り合いからメールで相談を受けた。役に立てる場があれば使って欲しい、ということだったので28日のマルシェに向けて協力をお願いした。大手のデザイン事務所だが、ボランティアベースで活動したいとのことだった。そこで、チラシのロゴやキャッチコピーを作成いただいた。
 このロゴマークは「食べて応援する」という願いをこめたメガフォンの形をしているが、同時に御飯茶碗や、お猪口にも見えるようになっている。マルシェの名前も「東北希望マルシェ」と名付けて頂き、印刷会社にも無料でポスターやポップ一式も刷って頂けた。デザイナーやコピーライターの皆さんが、通常業務の後に手作業で仕上げたもの。

当日、被災地の皆様へは、こんな1日をプレゼントが出来た。(スライドで写真紹介)
試合後の短い間だったが、とても盛り上がった。

須賀川市の皆さんも駆けつけた。元々は競馬の宣伝のため、100シート分を確保していたが、被災者のために使って欲しいと船橋競馬から連絡があり、それだけでなく千葉ロッテマリーンズの球団職員と一緒に、船橋競馬の職員さんも呼び込みをボランティアでやっていただけた。とてもありがたい気持ちでいっぱいだ。ロッテからは2400個お菓子を頂戴し商品を買って頂いた方におまけとしてつけることも出来た。

牧野氏(船橋在住):お米屋さんをやっている。船橋競馬にも仕事の繋がりはなくお米の納品もしていない。震が起きて2ヶ月間、競馬を開催することが難しくジョッキーをはじめ関係者や職員も、お金が入らなくなった。勝負事なので、彼らはレースに出て給料をもらえるという職業なので、アルバイトをしたりボランティアで自分に何が出来るかを問いかけながら過ごしていたようだ。ちょうど競馬場に話を聞きに行ったとき、100名分シートがあったが、通常はプレゼントで差し上げるものだった。千葉県に避難してきている被災者も多く、自分が現地から被災者を呼べるならと動いて、それがマルシェという大きなイベントに発展した。従来なら大企業のロッテを動かすのは自分たちでは無理だったが、一人一人の想いと皆の協力があって大きな応援につながった。つまり「皆が困ってる」というきっかけから、今回のイベントに成長した。


★銀座社交料飲協会理事 銀座緑化部長 白坂亜紀氏

白坂:銀座社交料飲協会は銀座のバー、クラブ、料理屋さん1700名の会員がいる。その中で銀座緑化部長をしている。みつばちプロジェクトをスタート当初から応援している。きっかけは3年前、銀座を里山にしたいという想いを伺った。銀座のママさん達に「是非、農作業をして欲しい」と相談され現在、畑・花畑を作っている。夜の銀座の人にも農作業やお花の手入れをして欲しいと相談された。普段は、日が暮れてから活動するんですよ、と言いながらも周りの親しいママやホステスさんに話をした。実際、農作業をやってみたいというホステスさんも結構多かった。

昨年、協会も85周年を迎え、正式に緑化部を創設した。最初の企画は、蜂蜜を使った銀座ハニーハイボールを公式カクテルとして作った。世界レベルのバーテンダーが銀座には多数居る。作り方はシンプルだが、世界大会で活躍しているバーテンダーが一丸となってひとつのカクテルを作ったこと自体すごいこと。去年からお客様に飲んで頂いて、売り上げの一部を寄付することが出来た。20万円ほど集まったのでさらなる緑化を進める活動に充てていく。お客様も「環境が良くなるなら」とどんどん注文して頂けるので、去年は蜂蜜が足りなくなるぐらいの人気だった。

メディアでも取り上げられてきて、目にした方もいらっしゃるかもしれない。場所は銀座のビルの屋上なので、畑は深さ15センチぐらいの土しかない。長靴を履いて、着物で作業するのは失礼と言われたりもするが、銀座を拠点にしている我々が農業に取り組んでいることで、注目してくれる。私たちが鍬を持ち、作業をすると色々な人が訪ねてきてくれる。

去年から展開していることだが、様々な地域のものを植えて行こうと取り組んでいる。各地域から農産物を発信していくのは難しいが、銀座で新潟の茶豆を植えてお菓子を作ってみたり、福島の菜の花を植えてオイルを作ったり、地域と繋がることで農業を応援していきたい。そうした情報発信が出来るのは強みであるし、同時に我々の役割だと考えている。
今後、ますます食への関心が高まると思う。銀座のトップクラスのシェフやバーテンダーが集まっている。そこで、休業日の日曜日に、彼らを色々な地域に連れ出している。例えば茨城県大子町は食の宝庫でそこへ食材探しに出掛け、現地の野菜をどう生かすかレシピ作りに取り組んでいる。これからも色々な地域の食材を銀座に取り組みたい。

生産者側も「自分たちの野菜を大量に使ってくれなくてもいい」と言っている。つまり、日々のモチベーションをあげるためにも、銀座で自分たちが丁寧に作った農作物が使われていると実感できることが大切という。

震災後、風評被害というべきかクラブや料理屋を経営していると「ほうれん草は危ないのではないか」とお客様から必ず言われる。銀座という土地柄は銀座が好きでいらっしゃる。自分で生産者を直接知っていて、この野菜は絶対に大丈夫だからと説明することが出来る。顔と顔が見えるという間柄、これは普段から農家とおつきあいがあるからこそだ。銀座は、安心感を得られる場所。お客様に直に安全性を伝えることが出来ている。

東北の美味しいお酒が作れなくなっているという状況も耳にする。毎年、協会では6月に大きなパーティを主催していたが、今年は極力、経費をおさえて、その浮いたお金で被害にあった場所の日本酒を買おうということになった。東京に流通していない銘柄もいっぱいある。まず今回のことをきっかけに末永くおつきあい出来るよう、会員に試飲していただく機会を増やすプロジェクトを計画している。

★松屋銀座 吉田氏

松屋は4月20日全館で「4・20メッセージ」というチャリティを企画した。百貨店として、何ができるかを考えたイベントだった。東北の、主に岩手・宮城・福島の商品に力を入れた。

商品がそもそも揃うのかという不安もあったが、各県の物産協会が東京にはいっぱいあるので、過去のお付き合いがあった方に連絡を取ることにした。しかし今回は全然、電話が繋がらなかった。各ショップへ行っても商品がなかった。企画はしたものの当日までに揃うのか、ギリギリまで判らなかった。

特に岩手は物産プラザがあるが、担当者も赴任してきて間もなかったこともあり、現地に直接、連絡する羽目になった。しかし現地の人は、炊き出しをやりつつ電話で相談に乗ってくれるような状況だった。商品は「なんとかします」ということだったが万が一、これは非常事態だから商品が揃わなくても仕方ないと思った。普段ならそんなことは社内的に許されないが、ふたを開けてみないと判らない状況が続いた。

百貨店として、被災地に向け何かをしなくてはいけないと想いながらも、通常の業務でも品揃えだったり、売り上げの心配をしなくてはならなかった。松屋は決算期が2月だったので、それまでは好決算だったが3月11日を機に、様々な面で変化があった。しばらくすると、銀座界隈の料理人・レストランからこの状態は「壊滅的、被災地の問題も大変だが」という話を耳にした。自粛モードが続き、3月の売り上げは殆どなかった。シェフ達から「なんとかしないと我々ももたない」という声があがり始めた。

百貨店はもはや、小売りの王者ではなくなっているが、発信すればそれなりの影響力はある。テレビ局・マスコミも自粛に対して警戒感もあり、そうした切り口での取材も増えてきた。京橋にあるフレンチ・レストラン「シェ・イノ」は阪神大震災時に復興支援カレーをチャリティでおこなった。また今回もやってみようと思っている、と話を聞いた。そこで色々と盛り上げていこうとなり、東北物産フェアとあわせ、震災支援カレーは米も素材もすべて東北から仕入れた。シェ・イノの通常メニューにカレーはないが、カレーを500円で販売した。材料費も出せないぐらい破格の企画だったが、被災地の食材を使って銀座で消費していくのがテーマだった。

松屋としても、4月20日については利益は殆どない。義援金を送るのも大切だが、生き残った東京の経済をまわし、全体の連動性をはかりたい。デザイン事務所の話が先ほど出てきたが、松屋のポスターで使用したハートマークをデザインした、遠山由美さんも我々にとっては運命的な展開だった。スープストックトーキョーの遠山正道社長の奥様であり、ご夫婦で個展を開いたり、精力的に活動されている。この4・20イベントで、デザインを使わせて頂いたが。米国同時多発テロが起きた時、ユナイテッド航空機内誌の表紙をデザインしたご本人だった。彼女はデザイナーとして機内誌の表紙を飾りながらテロに対して何も出来なかったという無力感があり、今回のご縁でポスターでハートの図柄を使わせていただけた。

銀座の百貨店ということで、松屋は規模は小さいのだが取材数は日本でトップクラス。そういう意味での訴求効果は十分あったと思う。自粛をしようというムードと、商売する小売店のバランス。被災・震災をテーマに軽々しく商売してはいけないのではと悩んだ。商売でお金をもらっているのが日常の中で、災害という付加をつけて商売にしていいものか、最後まで迷った。

最終的に、百貨店として何が出来るのかを考えた場合、普段やらないデザイナーの起用や、オークションに挑戦したり、別の切り口を盛り込むことが出来た。来場頂いたお客様からも好意的な反応を得ることが出来た。いつもの2~3倍の予算を使って頂いたようだ。ありがたいことに、物産プラザ経由で仕入れた9割の商品が売れた。お金の寄付をするまでは勇気がないという方が、商品を買って頂いたのかもしれない。

観光地に足が向かなくなり、そこで商売していた商品は売れなくなってしまった。どこかで商売としてはけていかないと、津波・地震被害がなくても二次的な被害が広がってしまう。自粛しようというムードにどう対応していくのか、首都圏に生活する居住者や働く者の役割だと思う。宴会だったけど地味にしようとか、予定していた旅行も延期するとか、一気に縮小しないよう、そのきっかけを作りたい。4月20日は、お客様がそうした気持ちに反応してくれたのではないだろうか。販売価格を安くすることなく、適正価格で買い支援をする。割引をしてしまうのは、支援の意義に反すること。定価でしっかりと売っていく。賛同する方が買っていく。それを継続して続けていきたい。

百貨店ならではの強みを存分に活かした試みを今後も展開していきたい。デパートは多くのものを売っているので、例えばファッションについては特に震災の影響を感じない。一方で産地とリンクしている食料品はいろいろなところに影響している。お中元のカタログからビールが消えるんじゃないかという懸念があったが、少しは掲載できるようになった。身近に食が絡んでいる。

食品については今後1年ぐらい掛け、被災地の産業が痛手を被っていないものを中心に、継続的に支援したい。百貨店としてお役に立てるのではないかと思う。皆さん一人一人に何ができるかを考えて頂き、草の根で普段の生活を続けることが普通に戻る第一歩だと考える。

数字自体、イベントでは予算比の227%を達成し、消化率9割だった。東北を支援しようという気持ちが強かったことがうかがえる。今後、こうした機会を増やしたい。


牧野:船橋には40家族ほどを福島から受け入れているが、子供達がいじめられたと問題になった。今回のイベントで船橋競馬から相談があって早速、市の教務課に相談に行ったたのだが「静かにしててくれ」と言われてしまった。その後、直接各小学校の校長先生に声をかけたら、あっさりとOKしてくれた。千葉県に避難してきている方もロッテの試合に行くことができた。大きな組織に持ちかけると「静かにしてください」と言われるかもしれないが、出来る範囲でまず自分動くことが、大事であるとわかった。

正直なところ、ロッテ側もデイゲームは人が集まらない。人を呼べたらという気持ちもあっただろう。100席でなく400席でもいいよ、と言ってくれたのもありがたかった。被災地から当日、バスで来てくれてその時に感じたことを一つ。

大型バスで皆さん到着されたのだが、避難所からそのままの格好で、つまり逃げてきたままの服装で到着された。こちらでは華やかな格好をして迎えて、それがちょっと恥ずかしかったということ。呼んだだけで満足するのではなく、実はまだまだしてあげることが出来たのではないかと考えさせられた。被災者を目の当たりにして、もっとすべきことを考えるきっかけになった。

マルシェは実現できたが、球場に集まった一般のお客様は、別に野菜が欲しくて来てるわけじゃない。今後どのような形で支援が出来るのか考えたい。今回は急だったが船橋市内のタウン誌などにも呼びかけをお願いし、協力を得ることが出来た。チラシを置いてくれた商店街にも感謝しているが、商品が売れてのビジネスなので、自分を含め生活の中でどう助けていくかを考えなくてはいけない。何かしら頑張れることを一緒に考えないといけないと実感した。

会場より質問

●質問●

広告代理店につとめているが、皆さんに伺いたい。社食で農産物を使えないかと社内で検討したが実現しなかった。「都会で被災地を応援することの意味」をまとめられなかった。広告代理店なので常に経済原理の中で物事を考えるのでそうした観点からも頓挫した。「広報にすること自体間違っている」という声もある一方、「1週間やってみよう」という反論も出た。福島をどうするか。「岩手と福島を同時に応援するのは根本的に違ってくる」など様々だった。社食は業者が入っているので、「福島の野菜を買ってくれ」と会社として強制できるのか等、結論が出ないまま終わった。実際、風評被害があったが、メディアの論調分析において、絶対的な評価が大切。基準がないので「本当に風評か」という点で、政府もメディアも信用できない。疑心暗鬼になっている。それが消費を阻害している気がする。

 銀座という土地柄の話が出たが、同じような持続性を担保しながら、ちゃんとした保証を社食の業者にもしなくてはならない。都会の大手企業の社食が一斉にそうしたムーヴメントがおこってもいいのに、まったく盛上がらない。社食は持続的に消費を手伝えるので何かヒントはないか。

●解答●

白坂:銀座には約1万件のお店があるが、震災の前から我々は料理人を一人一人、現地に連れて行くという活動を続けた。コツコツと、口で伝えながら地道に試食してもらって野菜を使い始めるという積み重ねがある。銀座で里山を作る、つまり緑溢れる街になるまでは時間がかかるが、ようやく人間関係だけでも里山になってきたと実感する。色々な会話が出来るようになった3年間だった。大手企業なりの苦労はあると思うが、少しずつ変えていくしかないのではないか。
牧野:食を扱っている者として言えるのは、信用がないと、商品を納品するのは難しいということ。自分で信用を作らなくてはいけない。小売りでも消費者でも、信じて買って頂けるような見極めをして、信頼を作って欲しい。
菊池:出来ない理由はいっぱいある。くじけそうになることも。だからやらない、というのは別次元の話。勉強会を定期的にひらいたり、普段からの付き合いがあってこそ、メール1本で何かあった時にすぐ動いてくれる。日常の人間関係がないと難しい。特に社食は普段、コスト優先で安く仕入れることが念頭にあるのに、何かあった時に協力してくれと言われてもなかなか前向きに検討するようなメンタリティにはなれないのではないか? 普段から良い関係を作っていれば、無理も聞いてもらえる。
吉田:家庭内ではよく、学校給食だったり、身近にそうした話題が出る。風評じゃないのではと妻に指摘されている。基準の問題の考え方も、もっと判りやすく伝えることが大事だと思う一方で、大人の見識の中で常識を持ち合わせた中で進めていくべきだ。家庭を出れば普段、百貨店ビジネスの中でそうした問題と向き合っている。ひとつひとつ、課題をつぶしていくしかないのでは。

岩手:先ほど、経済をまわすという言葉が出たが、気仙沼のテーマとしては最近「自立」という言葉がよく聞かれる。避難所で生活している人の中には、「三食昼寝付き」と捉えている方もいる。人間として根本的に働く対価として食べるもの、着るものを得るべきだが、失業保険の兼ね合いで12ヶ月間、働くことを拒んでいる人も大勢いる。いつも避難所で「タバコくれ」とせがんでくるオジサン達と喧嘩しているが、働けるのに働かない人たちがいる中、その12ヶ月後に勤務していた工場がすべて元通りになるかと言われると現状では難しい。今残ってる企業にお金、モノ、原材料をまわしてくれるとか、ビジネスを持ち込める人は現地に「復興ビジネス」を遠慮せず、持ち込んで欲しい。海に出るのにまだ時間が掛かるなら、その間に働いてもらえる場をどんどん提供して頂きたい。大がかりなステージを組んでフェスティバルを企画するのでもいい。大きなイベントがあればスポンサーがついてブースを出しそこで商品が売れる。一方的な支援ではなく、うまく経済をまわす仕組みを考えて欲しい。
久しぶりに東京に来たが、自粛ムードなのか街全体が暗くて驚いた。できれば賑やかに大都会らしく明るく楽しく経済を盛り上げて頂きたい。


以上
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